「ほっ」と。キャンペーン

コンセプトの間違い

面白い話を聞いた。
原発のことだ。

原子炉が、直接電気を、つまり核分裂反応から電気が生み出されると思っていた人が、3割ほどいたという調査のことだ。

あら。

電気はタービンを回して発電する。
そのタービンを何かで回す。
水力は、水の流れで。
火力と原子力は、湯を沸かして蒸気でタービンを回す。

つまり原子炉は、湯沸かし。

結局、発電タービンを回す蒸気の、
湯を沸かすのに、原子炉使わないかんか?
という話だ。

原発の問題の核心は、一体何か?
エネルギーの問題か?
経済面?産業面?
安全性?

問題の核心は、
悪魔の兵器、
悪の原子炉を、せめて役に立つものとして、イメージアップさせようぜ!という取り組みだっただけだ。

爆弾以外で使う方法あらへんか?
お、発電はどうや?
ええやん!平和的やん!!

どないか発電に組み込まれへんか?

戦車の部品を、自転車に無理やり
組み込んだような設計。
そんなところ。

発電のために開発された訳ではない。

安全性よりも先に、
その開発の物語の中に、
論理的にすでに破綻している。

原子炉の熱で湯を沸かす。

原子炉のゴミ処理が決まっていない。
原子炉の安全性は、なってみないとわからない。
誰も最終責任はとれない。

恐ろしい湯沸かしだ。

いい加減にわからないといけない。
原子炉は科学技術ではない。
原子爆弾の段階で、すでに手にあまるものだったのだ。

原子炉の平和的利用
そのコンセプトが間違いだっただけだ。

原子炉に平和的利用など、ない。
安全でないものに、平和的利用などない。

繰り返すが、原子炉は決して科学ではない。

コンセプトの間違いだ。
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# by kouheimikami | 2012-08-28 23:04

解説的な、言い訳的な、やっぱり気になっている的な

このところの体調の変化は、なんじゃらほいと症状などをキーワードに
少し検索をかけてみる。

症状=めまい、おなかの痛み、寝不足、立ちくらみ、動機息切れ、肺のあたりの痛み
空間的なふらつき感、あるいは腸の痛み、ときおり起こるフラッシュバックイメージ

検索で出てくる中に、
「それは宇宙の波動上昇の影響です」というものが多数出てきた。
2011年以降、世界的にこれらの症状が増えているという記事が続々。
しかし、増えているって、誰が数を数えたのかしらん。。。


一瞬笑い。そしてほんまかいなの疑問、
やがて、あるいはそうかもしれぬという確信。

記事によれば、、
「アセッションの影響を受けやすくなっている方に起こる症状。
原因不明の体調不調は、あなたの身体が宇宙の波動上昇の影響を受けているということです」
とな。

ほっほっほー。。。


特に感覚的なイメージのフラッシュバックは、
このところのブログ記事に書いてみたけれども、
やはり文字の限界は甚だしく、イメージで捉えているものは、
その、もっと情報が多い感じがする。つまりコトバに書き換えて
ちょっと残しておこうかと試してみたけれど、
まったくもって、コトバに置き換えるときに、減速して
さらに内容が希釈されて、出来損ないのおとぎ話のようになった。

見る人が見るとわかる、、かもしれないが、
普通に読み込むと、そのまま

「あ。この人、行ってもうたな、いかれてもうたね」という具合だろう。

(このブログなんてどのみち誰もみておらんわい、
とまったく個人的な日記、記録のつもりで書いているけれど、
どうやらご近所の方がご覧になっているような気配で、
ここに少しいい訳、弁明を書いている次第。)


まあという訳で、このところのイメージめいたものを、
少し脚色して、まあこんな感じの対話的なイメージだった訳だよ
と何の解説もないまま、書き残したということだけれど、
脚色とはいえ、まあ、こんなイメージが(つまり宇宙からの警告めいたイメージ)
続いていることは確かな訳であるのです。


頭おかしいついでに補足しておくと、

世の中の出来事が全て必然によって生じているという前提で見てみるように。
その前提に立って見ていると、
起こっている出来事は、何か「おかしいこと」が発生しているのではなくて、
全て「そりゃそうなりますわ」という出来事なんだよ。

何かが崩壊していくプロセスのようなものは、
それは崩壊していくことが「正解」である訳だよ。
それが宇宙の法則だよ。

みたいなイメージから始まった。


世界的な経済不況ーーーそれは
経済が不況になっていくことが「正解」

電力や原子力の問題ーーーそれは
これ以上の原子力や電力のある暮らし、
つまりエネルギーの消費が行き詰まって「正解」

以前は考えられなかった人間の殺人事件
これは今の暮らしがこれ以上はあかんラインに入っているということで
起きる出来事は「正解」ということ、みたいなイメージが断続的に続いたのです。

特に最初は経済のイメージが断続的に続き、
何か社会主義が終わったように、
次は資本主義、経済成長のようなものは「終焉」を迎えて「正解」ですという
イメージの映像のようなもの。

人々が健康を害していって「正解」
食べ物、土地、水が健康を害していって「正解」

人々が「より良くなりたい」という想いの原因は「欠乏感」にあって、
その欠乏感は、個々の人生は個々の努力で改善出来るという
間違った思考のせいだよ。循環だぞよ。というイメージが、

繰り返し、イメージ映像が次々と見えてくる感じ。

個々の努力とか成長とか、
あるいは成功哲学のようなものは、全体として
行き詰まって「正解」でありますというイメージ。

個の追求を捨てて
種として、全体の調和や全体の意識が、個に優先するような流れになりますし、
そうでないものは行き詰まっていって「正解」というような

そんなイメージたち。

やっぱりこうして文字にしていっても、
なかなかうまくイメージを再現できないなあ。。。


あと、
宇宙の法則は、ずっと宇宙全体を支配していて、
その影響力から逃れられる存在は皆無であること。

それともう一つ、
経済の中にも、成功哲学のなかにも、社会主義の中にも、
帝国主義の中にも、部分的に、要素として
「宇宙の法則」に準じている部品があって、ややこしいものなのですというイメージ。

これも繰り返しイメージが来ているもの。

つまり
例えば社会主義は今の歴史でいうと完全に失敗し、崩壊していったのだけれど、
その社会主義の発想や哲学、ルールの中にも、
宇宙の法則に準じている一部分、一要素が混ざっているから、
一定期間存在出来たのだけれど、宇宙の法則に反する部分も混じっていたから、
永遠に存在することが出来なかった。というようなことを学ぶべきというメッセージ。

資本主義、近代経済も同じ
成功哲学も同じ。

それらの哲学や思考やシステムを考えだした人に降りていった
インスピレーションは宇宙からの信号だったかもしれないが、
それを実現するために必要な解釈や、技術、文化的な背景、
あるいはその人を取り巻く人々やエネルギーなどが
そのインスピレーションの純度を下げてしまっている事例が多い
ということを分析、学習しなければいけないよという警告。

原子力も
その発想、原子力エネルギーの法則自体は宇宙の法則かもしれないが、
その原子力エネルギーの使い方や運用方法の中に何か純度を下げたものが
混じっているのかもしれない的な

成功哲学も
ある要素は、宇宙の法則どおりかもしれないが、
ある要素が宇宙の法則に反するから
限定的なパワーになっているというイメージ。

つまり、現時点での人間たちは
宇宙の法則活用率が50%とかいうところ
(宇宙の法則活用率100%ではないということ)

そして、それらのことを分析し、学習しなはれ!という警告。

それは非常にややこしかった(今でもややこしい)ので
最初の「循環」のメッセージの3つの記事を書いたけれども、

この一部は法則を含有しているけれど、そうでない要素があるというメッセージは、
もう少し消化しないといけないのかもしれない。

端的に言うと
宇宙の法則に全てが乗ると、「永遠」に順調となる訳だよというメッセージ
永遠で、循環していて、全て、万人に順調なるものが宇宙の法則100%だよ。


という訳で、今日は少しいい訳的な、
結局まだ「頭おかしいやんか」的な。(苦笑)

続くのか、僕自身がもう記事にすることをやめてしまうのかは
神のみぞ知るっていうところか。
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# by kouheimikami | 2012-05-15 00:33 | 日記

循環ーその3

「その、あの、つまり、僕らの地球での暮らし方、
何かを変えないといけない、変えないと滅びるということなんですね」

「ここまでの要点、
循環する精神、考え方、暮らし方に変換すること。以上。」

「以上?
あの、時間の概念とか、かなり複雑に難しい項目があるような、、、」

「複雑な項目なんてないよ、何も。
循環したらいいだけ。

いいですか、君の庭の木々や花は、循環しております。
太陽系の惑星は、循環しております。
人間以外の生き物は全部、循環しております。
してへんのは君らだけ。

そのな、成長とか自由とか、経済とかが直線ですねん。
直線は宇宙の法則違いますねん。」

「うーんと、」

「せやから何がわからへんのかなあ?
よく観察したらわかる話やんか
地球は成長してますのん?年年大きくなってます?
火星は自由に飛び回ってますのん?
流れ星かって、軌道があって循環してますねん。
星達が、自由に飛び回っておったら、怖いことになるねんで。

人間だけが、自由や!成長や!進化やっていっているけど、
それ、ホンマにあさって向いて爆走中ってやつやねん。

君らの自由って、宇宙から見たら不自由への爆走そのもの。
君らの経済成長って、宇宙から見たら破滅へ一直線。
君らの学習とか進化って、本当から目を背けていく行為そのもの。

秩序の中に個性はあるけど、集合意識はルールがあります。
宇宙にはルールがあります。
そのルールが循環です。

もういい加減わかった?」

「その
つまり、成長ってあかんねや。」

「個々が好き勝手に成長したら困りますな」

「、、あの、自由を求めていくのは?」

「求めてもいいよ。でも本当の自由はルールの中にある」

「ルールの中?」

「循環ですな」

「一定の枠があるってことですか?」

「一定の枠?枠と違うよ。
星は一定の枠の中は自由に動けるの?違いますな。」

「自由はないのか、」

「君らの言う自由は、宇宙の法則にはない」

「全部ルールですか?」

「せやから、宇宙の星達は、、、」

「わかりました。全部ルールなのですね」

「当然です!そうでないものは君らだけです。よく観察したら分かります。だから循環です」

「よりよくなるという意欲は、だめなんですね」

「よりよくなる意欲が生じる原因は、直線やからやね」

「はい?」

「循環の中には、よりよくなりたいと思うことなんて生じません」

「はあ」

「循環のルールの中から見たらわかる。君らは今直線のルールの立ち位置から見ているから理解しにくいねん。」

「循環しているもの、例えば花は毎年同じ循環で成長して花咲かせてかれて、準備してます。
さくらは毎年、同じサイクルを循環しておりますな。
さくらは、よりよくなりたいとは思っていません。
さくらは毎年循環して、永遠を回っております。さくら自身はとても満足です。
とても美しく、とてもうまくいっています。」

「さくらの木は、でも成長して大きくなってますやん。」

「はあ?何を見てますのん。さくらは枯れてます。」
「?」
「さくらは循環してます、木は大きくなってますが、枯れている部分があって、
ついには全部枯れて、次の命にくみかわります」

「?」

「循環は組かわりです。組み変わって永遠です、君らは組み変わりませんし、組み変わりたくなくて、積み重ねようとあがいています。しかも個々が好き勝手に。」

「うーん、でも進歩とかは個々がよりよくなりたいと思うから生じているのではないのですか?」

「直線から見ているからやな」

「循環からは、よりよくなる必要性がありませんねん、存在がすでに完璧やから。
宇宙の星で、より良くなりたい!もっと明るく、もっと大きくなりたいと思っているものは
ありません。皆無です。よりよくなる必要も、そんな発想もありません。
つまり君らの本当の願いは、循環したら叶う訳なのよ。
直線思考でいるから、欠乏する訳なのよ、
欠乏するから、よりよくなりたいとあがくのよ。
あがくから、消耗するのよ。消耗するからさらに欠乏するのよ。
欠乏するから、よりよくなりたいと思うのよ。
直線は「悪」循環ですねん」

「悪でも、循環してるんや」

「宇宙の法則からは逃れられません、君ら循環しているのは、直線思考の悪循環だけやな」

「そうか、だから今の思考から循環に変えたらいいということか、」

「そうや、少しわかってきたみたいやね。
循環がルール。循環思考から見たら、君らの暮らしは一変する。
君らの本当の願いは、幸せになりたいということやろ。
循環したら、すぐにそうなる。
直線のままでは、いずれ宇宙の法則どおりに「組み替え」にいきつく。
組み替え=現状は消滅して、作り替えられるということ、

ただ、その作り替えのときのエネルギーの変化の波動が
宇宙全体に影響しますねん。
宇宙は全て循環してますから。
地球の中の人間だけのせいで、宇宙全体が困りますねん。」

「だからメッセージをくれている訳か」

「そう、君らの仕業で、私らも影響受けますねん。
集合意識とはそういうこと。君らも個人の自由とか、ホンマもうやめてほしいわ。
集合意識は、みんな全体に影響を受けているし、与えているということ。
好き勝手はあきませんねん。
それホンマに堪忍してほしい。
君らの自由は、宇宙の迷惑ですねん。そんな自由を追い求めんと、みんなで循環したら永遠ですのに。」

「集合意識は君ら一番苦手な意識やね。
君ら個人個人がばらばらやと思っているみたいやけど、
繋がってますねんで。
個々の意思はありますけれど、それは全体意識の中のほんの、ほんの一部です。

全体意識、全体のルールがあって、個が存在します。
個が集まって全体、ではありません。
全体が先。
宇宙が先。
地球があって太陽系が存在するのではありません。
太陽系があって、銀河系が存在するのでは、ございません。

かならず、いつでも、どこでも、全体が先。
宇宙があっての銀河系。銀河系あっての太陽系。太陽系あっての地球、地球があっての人間。
そこんところ、よろしく。」
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# by kouheimikami | 2012-05-07 00:45 | 思索・記憶

循環ーその2

「具体的に何をしていったらいいのでしょう?」
「具体的?」
「そうです、具体的にです」

「行動、アクションってことかいな?アクションの前に思っていることをチェンジせんと、行動をなんとかしようと思ってもあかんわな」

「で、質問の答えやけれども、
循環をイメージせんといかんわ。直線の否定では、結局テーマは直線やから」
「循環のイメージ、、、ですか」
「循環をイメージしてみよか。はい、循環というと」
「環状線とか?土星の輪とか」

「はいはい、いい感じですな」
「春夏秋冬とか、寄せては返す海の波とか、月の満ち欠けとか」
「そうそう、わかってるやん。つまり循環とは一周して元に戻ってる訳やわな」
「はあ」

「君らの生活、元に戻ってへんな」
「元に戻る??」

「例えば、君らの時間の概念やな、昔は一周して元に戻ってたのに、君らの思考概念では時間は過去から未来に直線に進んでるわな、時計もカレンダーも1に戻ってんのに、なんでやの?」
「ああ、確かに1月から12月に進んで、1月に戻ってますから、、循環してますよ」
「カレンダーは循環してるのに、なぜ君らの思考は戻らへんのか?と聞いてるねん。次年度とか言ってまた直線を続けるやろ」
「直線を続ける?」
「直線で、進み続けているという意味」
「まあ、確かに」

「地球は太陽の周りを回ってますな、次年度も同じ軌道を回ってます」
「はあ、確かに、、」
「せやから、何故直線に行きたいのかと」
「えーと、それは、、きっと積み重なって成長していくと思っているからで」
「そやからヤバいねんなあ、積み重なる?成長??循環には成長はありません。」
「、、、、」
「循環は、ずっと循環なのです。だから永遠なのです」

「あのー、またわからんようになってきました」
「そやろな、まあ、分かってたら、今のような地球にはなってへんから、分かってないということなんやけれど。」
「そうです」
「ぐるぐる回ったらええねん。それが循環」

「えーと、あの、そしたら成長とか、進歩とか、積み重ねるとか、学習とか、
どういったらいいのかな、そんなようなものっって」

「はい、循環違いますな」
「あ、そーなの?」
「はい、そうなの。。」

「時間を経過するってこととか、年をとるっていうことは?」
「それは君らの思い過ごしで、ございます」

「思い過ごし?」
「はい、年をとるとかはありません。ぐるぐる循環してますねんから。」
「時間はないの?」
「君らの思っている時間はありませんな」
「えーーー」

「えーーーって反応に、こっちがえーーーーーー!やわ」

「宇宙は年をとってません。ずっとぐるぐる回ってます。よってに、君ら、宇宙の年齢とか言って45億年とかゆうてますけど、そんなんありません」
「えーーーーー!時間はないの?」
「直線で進む時間はありません、ぐるぐる循環する時間はありますけど。元に戻ると一周」
「一周??」
「はい、一周して、また次のぐるぐるですな」

「ちょっと待ってくだささい」
「はい、ずっと私ら、君らの目覚めを待っておりますけど」
「あのー、時間の概念が違うってことは、時間は「ない」ってことですか」
「君らの言う時間は、はい、ありませぬ」

「そんなん理解するの無理です」
「無理ちゃいますよ、昔は人間かて、循環の時間で過ごしてましたで。カレンダー、暦は循環してますやん。元に戻って、ぐるぐる。。。」
「僕、頭がぐるぐるですわ」

「お言葉ですけど、宇宙の我々のほうが、地球を見ていて、頭ぐるぐるですねんけど。
それもかなりの時間、ずっと」
「時間?」
「ぐるぐるっと経過する時間の輪の中、ずっとということですけど!
そのー、まあ、何やな、時間の概念についてだけでも、この調子やったら、
こりゃ宇宙の法則について、今の地球のズレ具合について話続けたら、これこそ永遠にかかりそうやな。なんや疲れてきたわ」
「あ、その、ちょっと、そのあれですか、地球はあきませんわっていう的な?」

「近い!宇宙全体のうち、すでに約半分近くはすっかりあきらめムード的でっせ」
「いやいやいや、いやそのー、まだなんとかなりますって」
「なるんやろうか、、、」

「はい、がんばりますから、もうちょっと続けてもえません?」
「ええけど、理解しようという心で聞いてほしいな」
「思ってます、思ってます!」

「言っておくけど、ごっつ簡単なことやねんで。私らだけやなくて、宇宙の皆さんって至極シンプルですねん。循環、ぐるぐる、元に戻る、また循環するの繰り返し。」
「シンプルですか??」

「お前さんら地球の皆さんのほうが、ごっつ複雑に、複雑怪奇きわまりないねんけど。
視点をかえるだけで、一瞬で変化出来るのに。わざわざ生きにくいように、苦しいように、エネルギー消耗する方向へ、自分らが悩む方向へ全速力であがいている的な」

「そうですか、、まあきっとそう見えるんでしょうね」
「はい、直線の思考が、直線の時間感覚を、直線エネルギーは凄い消耗します、せやから毎日エネルギー補給せないかんようやし、睡眠も毎日必要みたいやし。。食事も睡眠も私ら50年に1回あるかないかやし」
「はあ?食事が50年に1回?」

「循環してたら、エネルギーいらんねんもん」
「いらんねんもんって。。睡眠も、宇宙人は寝ないんですか?」
「そやかて、循環してたら、眠たくなんてなりませんもん」
「意味不明です。。。」
「あ、分かろうとしてない!」
「あ、いえ、分かろうとしてます」
「あーそー、ほんまかいな。。そしたら逆に聞くけど、君ら、成長して、競争して、日々エネルギー、そんなに消耗して、どこに向かってますねん?その成長とか競争をするその先に、何が待ってますねん?」

「うーんと、それはあ、、、、」
「何も待ってませんわな。例えば我が社の目標は売上○◯円で、世界市場で生き残るって、その目標の先には何がありますの?地球の破壊?あ、破壊したいんか」
「いやいや、そんな極端な。。。」

「循環とは、そういうことやで。直線エネルギーの行く末は、その直線エネルギーが存在出来る時空を破壊して、作り替えて、別のものにするしかないねんやん。物理のエントロピーの法則って、君らも知ってるやんか。ホンマに複雑怪奇やな。」

「うーんと、難しい話になりますね」
「何も難しいないって。君らの成長とか、よりよくってみんなみんな、直線エネルギーの世界の呪縛ですわ。おなかが減るから働くねんろ。働くからおなかが減るねんろ、君らホンマに何がしたいの?」

「なんか、切れてません?」
「いや、稼がないといけないのは、食べるためなんやろ?食べるために、エネルギー使って腹減らして、君ら、その、アホ??」

(さらに続いていく)
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# by kouheimikami | 2012-04-29 01:19 | 思索・記憶

循環

この10日間で、あっという間に芽吹きの森の木々。
毎日2〜3cm、ぐぐっっと成長していく葉っぱたち。
気温があがって一斉に「はい起床!」と起き上がり、
たちまち足下にも、虫たちやありたちが動き始める。

春ってこんなにパワフルな命の活動開始だったのか、、

とにかく色が毎日変化していき、そしてぐんぐんと成長。
つい2週間前まで、色がなかった冬の景色だったのに。

なんと「命」の芽吹きの凄まじさなこと。

こんな印象の春は初めてだ。
一体今まで僕は「何を見てきたのやろうか」

このところ変な夢(というか幻想、あるいは妄想?)を見る。
体調が芳しくなく、比較的眠りも浅いのが影響しているのか、

台詞はないから、イメージ、フラッシュバックの数々。
どこかの星、宇宙の生命体との交流のような感じの夢。

これがバシャールからのメッセージだったり、神との対話だったりしてくれたら
スゴイかもしれないが、あるいは相当お疲れでついに妄想の中に
神を見いだす始末と相成ったのかわからないけれど、


メッセージという神々しいものではなくて、
少しお茶目な関西弁(台詞はない)的なぼけと突っ込み風の展開。

台詞はないが(くどいな)
イメージされるものはこんな感じ。

「そろそろ気がついたか?」
「何にですか?」
「はよ起きな、そろそろ地球も相当ヤバいねんて」
「ヤバい?」
「お前さんも相当やられとるな」
「やられてる?」

「ええか、今地球で起こっていることを見たり聞いたりして、
平気な神経でおれるということ自体が、すっかりやられてるちゅうことやわ」
「意味がわからへんけど」
「そやから、相当ヤバいっていう信号やんか」
「もう少し丁寧に説明してくれへんか」

「あのな、今起こっていること、出来事、ニュースを見てみ。
これ、お前さんらのやっていること、つまり思っていることやな、
思っていることが現実になるから、思っていること=現実やねんけど、
それが宇宙から見て、宇宙の法則やな、そこから外れていく一方やから、
へんてこな結果ばかりになっている訳や」

「わかるような、わからんような」

「じれったいなあ、ピントがあわへんなあ、受信感度が悪いなあ、ホンマに」

「すいません」

「根本から説明していくで。
宇宙は法則があって、循環しておる訳やな、星は恒星の周りを回っとるやろ、
そのように宇宙は循環してます。それやのに地球のお前さんら
循環してませんわな」

「循環?」

「そう循環してませんな、分離していく一方で循環してませんわな」
「はあ」
「特に先進国という名前のお前さんら、経済が悪化しているとかいう見立てみたいやけれど、
それは宇宙の法則に背いているから、当然やわな」

「あのー、やっぱりわかるようなわからんような」
「せやから、循環してませんわな。それは宇宙の法則に反するから、上手くいきませんねん」
「ーーーー」

「はよ起きや」
「起きるとどうなるんです?」
「起きると、まあ目覚めるとやな、循環せなあかんようになる」
「自由とか資本主義経済とか、それは循環やなくて競争やったり、まあ直線やな」
「その自由とか直線とかが宇宙の法則やおまへんねん」

「?」
「例えば、宇宙の中で、自由に行き交う星、それは迷子の流れ星ですな、その他の正常な星は、
循環してますな、自由に飛び交ってはいませんわな」

「はあ」
「お前さんらの、そうやな、例えば分かりやすくいうと、
自由とか自分の人生を自分で切り開くとかそんなことの活動、
それは宇宙の法則ではありませんわな、それはエネルギーが直線に流れてしまって
循環しませんわな、目標達成とか、会社の売上げ目標とか、他国との競争とか、
それはみんなエネルギーが直線ですわな、それが宇宙の法則と違いますねん」

「うーん」
「そやから思いっきり目覚めないとあきません」
「思いっきり。。。」
「そう、今の常識から見たら「狂っている」と言われるほど舵を切らな
目覚めませんわな」
「。。。。」

「エネルギーが直線は、消耗する直線。循環は消耗しません。というか消耗しないから循環しているというか」
「循環していたら消耗しないのですか?」
「しませんなあ、というより永遠に循環しますわなあ」
「いろんなことを逆転しないといけないということですか?」
「逆転とはちゃうよ。直線と循環は種類が違いますねん。サッカーと野球みたいにルールが違いますねん」
「循環ですか」
「ほいな、循環ですわ、地球で循環してへんの、人間だけでっせ」
「はあ、そうですのんか?」

「あとの命は、循環してます、あるいは循環が大事やって知ってます」

「はよ起きや。宇宙の皆は心配してます。
このままやと地球は循環のルールから外れて、宇宙の流れ星になって、暴走してまうと
他の循環している星に迷惑ですねん」

「迷惑ですか」
「流れ星は迷惑ですなあ」

「あの、一体何をしたらいいのでしょう?」
「せやから循環しい」
「僕だけ循環しても、、、」
「そうや。循環は1人では循環しませんわな。1人で循環しよ思っても、そりゃ無理」
「ほな、あきませんやん」

「そうやねんなあ、宇宙の皆さん、結構全力でエネルギー送っているねんけれど
最近は、少し宇宙全体、あきらめムードもちらほら」

「あきらめムード?」
「お前さんも知っておるような、いろんなメッセージが
本やら映画やらいろいろがんばっているねんけれど、なかなか主流にならんねんもん」

「あらま」
「ほんまやで、あんた。宇宙の迷惑流れ星になるんやったら、
ちょっと不本意やけれど、消えてもらったほうが宇宙のためかも的な」
「えーーー、それって循環ちゃうやん」
「いや、原子、分子レベルで循環ですねん。消滅というよりは、作り替えですわな」
「えー、それ困るかも」
「いやー、でも宇宙全体でもいろいろと議論あるところってことやな」
「どうしたらええねんろ」
「みんなでスローダウンして、循環したらええねん。直線エネルギーはやめることやな」

(続く)
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# by kouheimikami | 2012-04-28 01:31 | 日記

結局のところのふわふわ感

庭仕事をはじめる。

先週から、すでに10本以上の木や花を植え替えた。
人の手を入れていくと、木々たちがいきいきとしてくる。
ほったらかし=自然ではなく、少し手入れをしていくと、
植物たちは応えてくれているよう。

日本には四季がある。
そして一年という単位で、季節が一巡する。
木々の手入れにも、旬があって、この時期を逃すと
「また来年!」ということになる訳だ。

時間の経過、時間の感覚が変化してきている。
一年に一回のチャンスで、それを逃すとまた来年な訳だから、
3年とか5年の単位のスパンで、
庭の木々の今後の展開を考えていきながらの作業になる。

来年には、こんな感じになるとして、
あと3年ぐらいでこのあたりまで枝が来るだろう、という感じ。

今までの時間感覚から見たら、大変のんびりとした話だ。

引き続き、ワインの勉強も並行している。
これは毎日とはいかないが、時間を見つけて繰り返し
参考情報を読み込む。

今は、生産者の情報とか、ぶどう畑でどうやって作っているのかの情報が、
詳しく入手できるようになっている。

生産者も、自分がどんなところにこだわり、
気遣い、力をかけて作っているのかを、
きちんと情報として発信するようになってきていて、
それを元にして、
生産者同士が情報交換をして、
さらによりよくするためにはと
意見交換も行われるようになってきているらしい。

土の組成、水はけ、日照時間、風、ケミカルを排除しながら、
さらには月の満ち欠けのタイミングにあわせての作業であったり、
あるいは、一つの試みのために、
畑の中で作り方を変えていきながらの試行錯誤もあったりする。

ぶどうが収穫できて、そこからどうやって実を絞るか、
どうやって熟成させるか、
濾す方法、樽の素材、、、、

手法と組み合わせが無限にある中で、
いかに「商品」としてのワインを出荷させていくことができるかという、
高度な試行錯誤があるから、やはり農産物は
「格闘技」のエネルギーが必要であったりする。

ここでも、時間の感覚は、ほとんど10年単位のスパン。
ワイン育成について言えば、30年、50年という単位が最小単位のような仕事。
自分の人生の時間で結果が全て出る訳でもないというものも出てくる。
2世代にわたる「商品」が出たりする訳だ。

時間の感覚がずいぶんと引き伸ばされて、
人生の時間単位をかけて、何か一つのものに格闘するということが、
とても魅力的なものに感じたりする。

いろいろな人生時間の使い方があるのだけれど、
何か、ひとつ、このための人生でした。というような何か。
そんなものをこの3年、5年で見つけ出せればという気がする。

そんな構えかたであれば、いつまでたっても、
毎年毎年、3年後が並行移動。
「ただいま検討中」という感覚に陥るのかもしれないが。

ふふふ。


そんなふわりとした、こんにゃくのようなふわふわ感といったところ。

ふわふわ感といえば、ところで、最近の東京電力さんは、
本当に困ったものだ。

「お前ら、結局電気がないと困るんじゃろ」

だから、原子力発電も早く動かさないと、
お前ら、困るじゃろ?
電気はわしらが作って、供給してやってる訳だから、
立場をわきまえなされよ。

ムカつくけれど、実は、ごもっとも、その通りの社会の構図。

こどもの頃、母親はよく、こう語っていたものだ。
この発言に、反発し、反逆してきたものだけれど、
最近は、やはりそうなのかもと思ってしまうことがあったりして苦笑い。

曰く、

社会は平等なんかじゃありません。
人間は同じなんかじゃありません。

持つものと、その持つものにいいようにされる側。

だから、勉強するのです。
勉強して、競争して、勝つのです。

アホは、かしこに支配されていくのです。
それは、いい悪いではないのです。
そういう「秩序」があるのです。
それを知ることが大人になるということです。

寄らば大樹の陰、日本はこうして組織されているのです。



ふふふ。

今も納得も立ち位置として賛同もしないけれど、
これはわたしくも年をとりましたな。
構図として、わかるような感じが少しある。


僕自身の意見としては、
電気のある暮らしが、誰かの生命を犠牲に成立するならば、
言い換えると、
便利な暮らしが、誰かの尊厳やプライドを犠牲に成立しているのであれば、
あるいは、
この経済や、豊かさが、個人の自由や個性が発揮できる基盤が、
誰かの生命を犠牲に成立しているのであれば、
それは、やはりその暮らしは長続きしないんだと思う。

そして、危うい「虚構」の上にそびえ立つ「虚像」の豊かさ。

結局、全てが「仮設」の仕事、経済、生活。

ぶっちゃけて言えば、
あーしょうもない。

そして、こうして電気を使って、
パソコン使って、
こんな文字を打ち込んでいる僕。

ふふふ。

そんなことやな。結局。
そんなことのふわふわ感。
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# by kouheimikami | 2012-03-28 00:31 | 日記

Fragmentary scenery

それは懐かしい記憶
雨の川崎、まだ「のぞみ」は走っていないころ。

少し長い研修期間。
宿舎の研修所の玄関の前、電話ボックス

彼女が小さな声でささやく。
あなたのことは大好きだけど、、、

泣いている声。

僕は声が出ない。




もう20年以上も前の、彼女の声が
白い廊下に聞こえる。

「あ、そうですか。じゃ月曜日の午後に、、」


あれ?


僕は原因がわからないめまいの検査に来ていた。
ずいぶんと痩せた彼女の姿が受付に見える。

何しているの?


彼女は驚いた様子も見せずに、じっと見つめる。

っていうか、何しにきてるん?

あ、検査やねん。ほんで?

私も検査。

へえー。

秋にがんの手術したんやんか。

そうなんや。どこの?

子宮がんやねん。

術後は?

うーん。

うーんって?

いろいろ転移しててな。だぶんちょっと手遅れ的な(笑)

そうなんや。

それで、もう一度検査をして、身の振り方を考えよ思て。

身の振り方?

徹底抗戦するか、それか手術とかはせんとくか、2択。

で?

うーんと、ホスピスの説明を月曜日に聞くことにしてん。

そうなんや。

ほんで、どうやったん?

ん?僕か?原因不明ってとこやな。

昔、駅で倒れた時みたいやね。


ああ、そんなことあったなあ。そうや、そんな感じでちょっと前に倒れたんやんか

そうなんや(笑)変わってへんなあ。

それから、しばらく、めまいが続いてんねん。

私が呼んだんちゃうかしら(笑)

呼んだ?

そう、ここに。たぶんもう最期やから。

最期?、、、、ああ、最期か。

最期に伝えたいことあってんか。

伝えたいこと?


がんばってや。って。

言われんかってがんばっとるわ。

そうと違ごて。忘れてるやろけど。

はい、しっかり忘れてます。



電話覚えてる?

いつの?

川崎に行ってたときの。最後。

ああ、最後。


私大好きやったけど、ナイフを振り回すようなあなたを
私はあれ以上、どうすることもできなかったから、

私、精一杯生きてやるから、あなたも精一杯生きて、
そして最期のときだけ、また声を聞かせて、って

そう言ってたんや。泣き声と小さい声やったから、よくわからんかった。

ええよ。今こうして実現してるんやから。


えーと、またお茶でもする?

やめとく。

もう実現してるし、私時間ないから
家族や子供や、だんなや、両親や、いろいろやりたいことあるから。

そうか。

そう、また次の人生で会いましょう、やな(笑)

そういうことになるな、っていうか、すごいな。

すごない。誰かて同じやと思うわ。死んでから後は私はいない。
生きてる時しか意識はない。ということやから、結局。

なるほど。

でも、思いは残るんやと思ってる。
カラダと意識は消えるけれど、思いは残る。


残りますか。

残ります(笑)


そうですか。

そうですねん。


ありがとうな、呼んでくれて。

こちらこそありがとう、来てくれて。
あ、タバコまだ吸ってる?

辞めないかんねんれど。

無理無理、あんなに吸ってたやん、タバコ吸ってる時は自由を感じるとき、やろ。

そんなん言ってた?

いつも言ってた。

まあ、控えめに、せめて一日1箱にしいや。

すでに2,3日で1箱やけど。


へえー、それは最期に奇跡的なニュースを聞いたな。

なんで奇跡やねん。

まあ、ほんなら時間やし帰るわ。ごきげんよう。さようなら。やな。



ああ、ありがとうな。

こっちこそ、ありがとう!またね。

またね。
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# by kouheimikami | 2012-03-27 00:31 | 日記

春の気配と桜の予感と

春がやってくる気配は、
庭の水仙が芽を出して、すっくりと日々伸びている様子や
ふわりと感じる風の中に漂う太陽に照らされた木々の匂い。

一年という単位は、四季がはっきりとある土地では、
ゆるやかに変化を伴って、あっという間の感覚と、
随分と長い時間だという思いとが交差して

そういえば、まもなく桜の季節になるんだなと
去年の今頃を思い出す。


吉本隆明さんがなくなった。
今まで吉本隆明さんの本は、じっくりと読んだことがなかったが、
糸井重里さんが編集している雑誌の特集の中の記事を読んだ。

ああ、日本には、こんな思想家がいたのだな。

生きるということ

仕事というもの。

家族の形について、

恋愛の捉え方。

人間が思考をするということについて。

つまり、これらの誰もがぼんやりと奥底に抱え込んでいながら、
先送りし続けているテーマの数々。
つまり、それらのテーマを考察したとして、それが何ら「目的」も
「経済生産性」ももたないテーマの数々。
つまり、自問自答の数々。
つまり、それらのテーマに人生を捧げた言葉のかけら。

しばらく吉本隆明さんの著作を読み込んでみたいと思う。


沈黙の中に、何かを巡らせながら、
言葉にして、書き起こしておき、
それが何かの役に立つのかどうかの確証もないまま、

たくさんの言葉を残して去った
しずかな生き様に敬意を表して。


明日は一日雨の模様。
一雨ごとに春は近づく。

今日、庭に植えた花々は、
雨を受けて根づいてくれるだろうか。
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# by kouheimikami | 2012-03-23 01:45 | 日記

そんなテーマのようなもの

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こどもの頃に、とても不思議だったことがある。

なぜ同じ風景がないのか、ということだった。

幼稚園の遠足で宝塚ファミリーランドに行った、
その帰り道、僕は夕日がとても懐かしくて泣いたことがある。
先生が一生懸命に話しかけてくれた。

見たことがある、見たことがあるねん、この夕日
みたいなことを一生懸命に伝えようとしたけれど、
思いは伝わらなかった。


社会に出てから、不思議は増えてきた。
大人になったら、不思議に思うことは減っていくものなんだと思っていた。
「わかる」ことが増えるんだと思っていたからだ。

なぜ一年を通じて同じ仕事をしないといけないのか。
なぜ、一年を通じて「平均」の仕事なんてないのに、通年の仕事なのだろうか、
季節によって、あるいは時期によって、需要は変化する。
職種によっては、はっきりとシーズンがあるもの、例えばスキー場とかもあるけれど
ほとんどの仕事、商品にだって、シーズンがある。

価格を決めるときに、
その通年にわたって仕事をするということを含んで、
つまり暇なときの賃金や固定費を含んで、価格を決めたりする。

不思議だった。

不思議だと感じたことを、不思議だと言える勇気がなくて、
それは変な格好つけであったり、
いちいちそんなことを表現していては、
社会の中で、つまはじきにされるというような怖さもあった。

本当に必要な物と、その必要な物が一番最適な形で生み出されるシーズンだけに
経済が動くということならば、きっと今のような文明にはなっていないんだろう。

それが豊かさなのだろうか。とか。

こどもの頃の、
なぜ同じ風景が、地球上にはないのかという不思議。
なぜ、一年を通じて「平均」して働かないといけないのかという疑問。

僕の興味の周辺は、そんななぜから始まっている。

ふと、そんな疑問たちのコアにあるもの、
存在の疑問みたいなもの。

あと、どれぐらい人生があるのか、
それはきっと誰にもわからないけれども、

残りの人生を、
子供の頃からの疑問だったり、不思議だと感じたものを
ほったらかしにしないで、そのテーマについて取り組んでみたらどうだろうか
ということを思いつく。

琵琶湖開きも終わって、琵琶湖も湖上のシーズンを迎える。

あー、これを取り組んだら、死ねるなあ
というような、テーマ(それはライフワークと呼ぶようなもの)について
考えてみようかしらと思いがよぎる。

日没の時刻も少し遅くなってきて、
まだ寒いですよねと言っているうちに、桜季節がやってくる。

そんなことを考えた3月15日。

それでは閉店。
おやすみなさい。
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# by kouheimikami | 2012-03-16 00:17 | 日記

雪の降る夜と春の気配と

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3月の雪は、1月2月の雪と、雰囲気が違う。
きっと、気温や温度なんかは、数字で表示すると同じなんだろうけれど。

確実に春に季節は歩き始めていて、庭の生き物たちが早速反応している。

去年の3月も、数回雪が降ったんだと思う。
雪が積もって、冬に戻ったと思ったら、翌日がいきなり春のにおいになっていたような気がする。

テレビをつけても、新聞やニュースを見ても、
震災の報道をやっている。
あれから1年の時間が経過した。
多くの人が「生きている」ということや「生きていく」ということを考えたんだと思う。
また行政や政府、組織や経済、つまるところの「現代の仕組み」について、
あるいは子供たちの未来や、そんなことがらに取り組んできたんだと思う。

震災の爪あとを、実際の土地を見ると、
人間の作ってきたものたちが、一瞬で「何もなかった」かのような風景に変わっている。

がんばろう日本!

掛け声が流れる。

その掛け声が悪い訳じゃないんだけれど、

がんばってきてるんよ。
震災の前も、ずっと。


青森出身の僕は、人生の大半をすでに関西で過ごしていて、
実感としての東北、生活としての東北は、遠い。

それでも、子供の頃に田舎にかえる度に、東北の、つまり産業の少ない、
はっきりと言葉にすれば、貧しいという現実を考えさせる言葉に出会ってきた。
それは親戚のひとりごとだったり、となりのお店のおばちゃんの雰囲気だったり、
そんなものたちから、感じられてきた。

父方の親戚のおじさんは、青森に産業を、雇用を生み出すんだと
ぶどうを育てて、ワインの工場を建てた。
そのワイン工場の、ラベルを貼る手伝いを僕もやった。
子供の僕から見ても、随分と大きな工場だった。

そして、すぐに工場は、立ち入り禁止になった。
しばらくして、多くの怖いおっちゃんたちが、僕の家にもやってきた。
子供だったから、理屈はわからなかったが、
お金がなくなったことは、わかった。

それから、親戚が集まることはなくなった。

母方の親戚は、教育、政治、自衛隊の一族だった。
それと前後して、原子力発電や原子力船の母校に青森が選ばれる。
そして、青森の全ての市町村に交付金が降りてくるようになる。
「迷惑施設のご負担見舞金」という説明とともに。

母方の親戚の寄り合いで、自衛隊に務めるおじさんが僕に言った。
東京には足を向けて寝れないなあ


東京(中央)と地方(辺境)は、つまりそんな関係だった。

そんな中、ずっと地方は頑張って来ている。
それでも土地を愛して、頑張ってきている。
もう、ずっとがんばってきてるんよ。


東北人は、我慢強い。
そんな中でも、みなさんありがとう!と感謝の言葉を忘れない。

厳しい冬、ずっとがんばって来ている。
すぐに報われなくても、いくら東京が便利になっても、ずっと。

翻って我が身の軽薄さを恥じる。

今年もきっと桜が、毎年同じように花を咲かせる。

じっと、冬を耐えて花を咲かせる。
くりかえし、繰り返し。

便利さ、効率のよさ、そんなものが、少し軽く、虚構に見えている自分の軽薄さ。
文明というものが、便利さの追求で、人の欲望が、進化のENERGYであるとしても、
そんな、欲望と便利さと、効率と、成功とか名誉とかそんなものたちが、
虚構に見える自分の軽薄さ。

誰かの、それは自分の「無意識」の問題だけれど、
辺境の誰かの、土地や生活が、踏み台になって成立している日本の都市。

きっとそれは世界でも同じ構図で、
どこかの誰かの、何かが踏み台になって成立している先進国。
そしてその先進国たちが、世界の国々に指導をしようとしている構図。

しかしながら、生きていくためには、誰かの何かが必ず踏み台になっていて、
事実、人は、ほかの生命を踏み台にしなければ生きていくことはできないのだから、
そこの構図には、何かの思い、
感謝やそんな祈りが介在して成立するべきものなのではないのか。

食べ物を食べるとき、「いただきます」と手をあわせるように、
例えば電気や、原発、例えばIT機器や石油。
そんな便利さを身にまとうときに、何かの祈りがいるんだろう。


そんな迷いやわがままや、答えが見えにくい人の世と僕の思いを知ってか知らずか、
今年も芽吹く、水仙の芽が、
背筋を伸ばしてすっくと立ち上がる。

そんな芽吹きに春の気配。
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# by kouheimikami | 2012-03-13 02:02 | 日記